●関東、鳥取の男性不審死多発…なぜ立件できない?(スポニチ 2009.11.23)
関東や鳥取で相次いだ男性の不審死をめぐり、警察の死因究明のあり方に疑問の声
が上がっている。「自殺」や「事故」と判断され解剖もされず、捜査に大きな支障が
出ているためだ。中井洽国家公安委員長も「解剖されていないことで事件立証に困難
な問題が出た」と言及。警察や解剖医らからは、検視官や解剖医の不足、さらに制度
の不備を指摘する声が出ている。
関東の連続不審死では、2007年8月に千葉県松戸市の男性が病死(突然死)、
今年2月には東京都青梅市の男性が自殺による一酸化炭素中毒死とされ、それぞれ解
剖はされなかった。今となっては、その後の2件の不審死の遺体から出てきた睡眠導
入剤の有無などは判別しようがなく、「立件は困難」(捜査関係者)とみられてい
る。「制度が確立されていない。このままでは見落とされる犯罪はたくさんある」。
元東京都監察医務院長の上野正彦さんはこう警告する。
警察庁によると、08年中に警察が取り扱った死体は16万1838体。10年前
の約1・5倍だ。警察では「犯罪による死体」「変死体」「犯罪によらない死体」に
分類。開業医らを現場などに呼ぶが、現場や死体の状況から犯罪の可能性などを判断
するのは警察。ここで見落としがあり、「犯罪によらない死体」とされると、行政解
剖もされずに犯罪は永遠に見逃されることになりかねない。ベテラン捜査員の1人は
「警官の資質に任せている部分があるのは問題だ」と話した。
「変死体」と判断された場合に行われる検視でも問題は多い。そこで犯罪の疑いが
あると判断されれば司法解剖にまわるが、判断を下すべき専門教育を受けた検視官の
数が圧倒的に少ないのだ。09年4月現在、全国で196人。昨年同月現在の160
人から増員されているが、2〜3人だけという県警も多く、すべての変死体の検視を
行えていないのが現状。「現場では検視官の順番待ちをしている時もある」(警察関
係者)という。検視官が要請を受け現場に駆け付けることができた臨場率は08年の
全国平均で14・1%にとどまる。検視官が間に合わない場合は、捜査部門の刑事ら
が検視。ここで、犯罪のにおいをかぎ取れなければ、犯人を取り逃がすことにもな
る。
司法解剖にまわらなかった死体は、東京23区や大阪、神戸など監察医制度のある
地域では監察医により行政解剖がなされ、犯罪が露見するケースもあるが、その他の
地域では遺族の承諾が必要で、解剖自体されないことも多い。数万〜数十万円とされ
る解剖費用が遺族持ちの場合が多い上に、行政解剖の制度自体が遺族に十分に説明さ
れているとはいえないのが現状だ。司法解剖と合わせた解剖実施率は08年の全国平
均で9・7%。監察医制度のある地域はほとんどが2ケタなのに対して、ない地域で
は多くが1ケタ。問題の埼玉、鳥取はそれぞれ2・6%、4・5%だ。
捜査の現場からは「昔に比べて薬物使用など殺害方法も複雑になってきている。現
行制度には無理がある」と悲鳴が上がり、千葉大大学院法医学教室の岩瀬博太郎教授
は「医学的な検査をする前に犯罪性を決めてしまう仕組みがおかしい。制度がそもそ
もひっくり返っている。死因不明の死体はすべて解剖する制度が必要」と指摘した。
さらに、追い打ちをかけているのが解剖医の不足だ。解剖は主に大学の法医学教室
の医師らが行うが、その総数は全国で130〜140人程度だ。司法解剖も行政解剖
も国立大学の教授1人で担っている県も少なくなく、ある県の解剖医は「365日稼
働して、1日最大5体。学生への授業後や出張から帰ってからなど、深夜から解剖を
始めることもある」と激務ぶりを明かす。
10月に千葉県松戸市で発生した女子大生殺害事件では「解剖できたのは4日後」
(岩瀬教授)だった。労務管理の問題などから土日は実施できず、これだけの日数を
要した。その日数だけ犯人は遠ざかる。
解剖医の数を増やそうにも大学の法医学教室の数は予算的にも限られている。ま
た、やり手も少ない。「他の臨床と違ってつぶしがきかないし収入も低くなる。感染
症のリスクなど危険も大きく、人手は欲しいが学生に勧めることもできない」(岩瀬
教授)。
司法解剖は警察庁、行政解剖は厚労省と自治体、大学の法医学教室は文科省の管轄
という複雑な仕組みもある。抜本的な制度改革を求めて、日本法医学会は「死因究明
医療センター」構想をまとめている。国の予算で各都道府県にセンターを置き、解剖
医や検査職員を配置するというものだ。警察庁でも制度見直しへ来年度にも庁内に研
究会を設置する方向だ。
◆検視官 検視は、変死者や死体に変死の疑いがある場合、死亡が犯罪によるもの
かどうかを明らかにするため、五官の作用により死体の状況を外表から検査するも
の。一般的に司法警察員(巡査部長以上の階級)である警察官が行い、担当する者が
検視官(刑事調査官)と呼ばれる。原則として10年以上の刑事経験を持ち、警察大
学校において法医学を修了した警視の中から刑事部長によって指名される。変死体現
場には警察署長の要請で出動(臨場)。検視と同時に、医師による検案が行われる。